
AIとSDVが切り拓く製造業DX|経営層が取るべき投資戦略と組織変革
2025-12-25
カンコツ作業の「脱・属人化」と「継承」|生成AIで技術伝承を加速
2025-12-26多能工とは|製造業に生産性・組織力向上をもたらす存在
かつて日本の製造業を世界一へと押し上げた原動力は、特定工程を極めた熟練職人。いわゆる「単能工」の集積でした。
しかし、21世紀の製造業は多様化する顧客ニーズ、複雑化するサプライチェーン、人手不足・熟練者減少といった構造変化に直面し、従来の生産体制ではこうした変化に対応しきれなくなりつつあります。
この状況において、「多能工化」は現場改善にとどまらず、企業の生存を左右する重要な経営戦略です。
本記事では、多能工の定義から、生成AIを活用した最新の育成手法までを深掘りし、次世代の製造現場の姿を紹介します。
製造業における多能工とは
製造業における「多能工」とは、一人の作業者が工程の流れに沿って複数の工程を担当できる人材のことを指します。
従来主流であった「単能工」は、一つの工程に特化することで高い品質を実現できる一方、生産量の変動や欠員が発生した際に柔軟に対応しにくいという課題を抱えていました。こうした状況の中で、多能工という考え方が注目されるようになりました。
この考え方が生まれ、現場に根付くきっかけとなったのが、この言葉を生み出しトヨタ副社長も務めた大野耐一氏の思想です。大野氏は、生産活動において最も重要なのは個々の技能の高さそのものではなく、工程が滞らずに流れ続けることであると考えました。
複数の工程を工程順に連続してこなせる作業者が存在すれば、生産ラインは状況に応じて柔軟に人員を配置でき、手待ちを減らし、仕掛品在庫の増加を防ぎながら効率的に稼働します。なぜなら、工程が流れ続けることこそが生産の要であり、その流れを維持する役割を担うのが多能工だからです。
つまり多能工とは、単に幅広い作業ができる人を指すのではなく、工程の流れを維持し、生産ライン全体の柔軟性と機動力を高めるための中心的な役割を果たす働き手なのです。
▼製造業の人材不足や若者離れについて詳しく知りたい方はこちら
製造業の若者離れ|原因や効果的な対策を解説
参考記事:トヨタ自動車元副社長 大野耐一氏 口述記錄 – 東京大学大学院経済学研究科
多能工化がもたらす経営的メリット|生産性と組織力
多能工化の推進は、単に「人が足りない場所を埋める」という消極的な対応策ではありません。
多能工化が実現することで、生産性の向上、リスクの低減、そして組織力の強化といった多面的なメリットを享受することができます。
ここでは、経営視点から見た多能工化の具体的な効能について解説します。
ボトルネック解消による生産リードタイムの短縮と省人化
多能工のメリットの一つは、生産リードタイムを大幅に短縮しながら省人化を同時に実現できる点です。
なぜそれが可能になるかというと、 工程間の負荷変動に応じて作業者が柔軟に動けるため、ボトルネックを即座に解消でき、ライン全体を止めずに運用できるからです。
この効果は、作業者が複数の工程をつながりのある形で担当できるようにするとさらに高まります。
実際にRuud社のシミュレーションでは、作業者の役割を広げたことで生産速度が17.8%向上し、工程を横断してサポートする担当者を数名加えた場合には、生産量が約30%増える結果が出ています。
これは、人の動きを柔軟にするだけで、生産ライン全体の流れが大きく改善されることを示す確かな証拠です。
また、作業者が状況に応じて別の工程へ自然に動けるようになると、工程間で作りかけの製品が滞りにくくなり、全体の流れがスムーズになります。
その結果、製品が完成するまでの時間は短くなり、忙しい日とそうでない日の波にも対応しやすくなるため、必要以上の人員を抱えることなく運営でき、省人化にもつながります。
このように、多能工化は生産ラインの変動を吸収し、安定した高効率運営を実現するうえで効果的な取り組みです。
▼AIを活用した生産計画の最適化について詳しく知りたい方はこちら
生産計画にAIを使うメリットとは?活用事例5選やおすすめツールを紹介
参考記事:
- Heterogeneous worker multi-functionality and efficiency
- Benefits of Skill Chaining in Production Lines with Cross-Trained Workers
生産現場におけるリスクの低減とBCP強化
製造業における多能工化は、生産効率向上だけでなく、不測の事態への強い組織づくりに直結する重要なリスク管理策です。
多能工化がなぜ必要なのかは過去の事例を見るとよく分かります。
たとえば、アイシン精機の工場火災では主要部品の供給が止まり、トヨタ自動車は約7万台の減産に追い込まれました。しかし、異業種を含む多くの企業が短期間で代替生産に参加できたことで、復旧が加速しました。
このとき重要だったのは、工程情報や作業が特定の人だけに依存せず、短期間で社外にもノウハウ移転が行える状態だったことです。もし工程が高度に属人化したままだったなら、技術移管は間に合わず、生産停止は長期化していたでしょう。
また、パンデミックのように突発的に人員が不足するリスクにおいても、多能工化の効果は明確です。トヨタ自動車の堤工場では、従業員14名の感染によってラインが停止し、約1,500台の生産に影響が生じました。
もし複数の作業者が同じ工程を代替できる体制が整っていれば、このような操業停止のリスクは大幅に抑えられた可能性があります。
これらの事例が示すように、BCP(事業を中断させないための計画)の核心は、平時からどれだけ「人の代替性」を確保できるかにあります。多能工化はその代替性を最も確実に高める取り組みであり、製造現場の強靭化に不可欠な手段なのです。
参考記事:
従業員エンゲージメントとキャリア自律の促進
多能工化のメリットの一つは、従業員が自分の成長を実感し、仕事への意欲が高まることです。
日本では「熱意ある社員」が5%と非常に低く、生産性も主要国と比べて見劣りしています。こうした状況を改善するには、従業員が自らスキルを広げ、将来のキャリアを主体的に描ける環境づくりが欠かせません。
理由として、多能工化は単調な業務を減らし、複数の工程や役割を経験することで視野が広がる点が挙げられます。新しいスキルを学び、担当できる範囲が増えることは達成感につながり、日々の仕事への前向きさを高めます。
たとえばダイキン工業では、若手を重要プロジェクトのリーダーに抜擢し、AI・IoTを集中的に学べる教育制度を整備しました。
実践と学習の両面から成長を促す仕組みにより、従業員は自分の市場価値が高まっている実感を持てています。
また神戸製鋼所では、職位ごとに必要なスキルを一覧化し、社員が自分で強み・弱みを把握して学習計画を立てられるように整備しました。導入後すぐに約2,600名が利用し、自律的な学びが組織に根づき始めています。
このように、多能工化は従業員の能力を広げるだけでなく、キャリアの主導権を取り戻すための重要な仕組みとなります。結果として、エンゲージメントと生産性の向上が期待できるのです。
参考記事:
- 実践事例 変化する時代の キャリア開発の取組み
- 人的資本報告が日本企業の 人材マネジメントに与える影響
- Labor Productivity Improvement and Employee Engagement | Japan’s HRM & IR Information
組織のサイロ化打破と全体最適の視点
多能工化はサイロ化を弱め、組織全体の最適化を進めるために欠かせない取り組みです。
特に工程が複雑な大企業では、その効果がより大きく表れます。
意外なことですが、ITやIoTを導入して情報を見える化しても、部門間の連携が改善しないケースは少なくありません。理由として、技術だけでは前後工程の意図やつながりを理解できず、結局「自分の部門さえ最適ならよい」という部分最適が残り続けてしまうためです。
多能工化は、この理解不足を埋め、全体の流れを把握できる人材を増やすことでサイロを弱めます。
その証拠として、東京大学MMRCが国内有数の大企業に対して行った調査では、形式的には「ジャストインタイムを実施している」として満点評価の企業であっても、実際の運用方法には大きな差があることが分かっています。つまり、表面的な制度や自己申告だけでは、運用の実態までは把握しきれないということです。
こうした違いは現場レベルで顕著に観察されており、生産計画の立て方、受注情報の処理方法、作業の進め方、工程間在庫の量、部品の搬送方法といった、生産の流れを左右する要素が企業ごとに異なっていました。
さらに、既存のチェックリスト尺度では工場間パフォーマンスの約77%を説明できなかったというデータも示されており、形式的な評価だけでは実態が捉えられないことが明らかです。
こうした違いが生まれる背景には、工程全体の意味やつながりをどれだけ深く理解しているかの差があると考えられます。
多能工化はまさにその理解を高める取り組みであり、技術導入だけでは越えられないサイロを崩す力になるのです。
▼スマートファクトリー化による全体最適について詳しく知りたい方はこちら
スマートファクトリーとは?メリット・デメリットや導入事例を解説
参考記事:
多能工化の推進を阻む壁|デメリットと現場の課題
多能工化には明確なメリットがある一方で、実現は容易ではありません。多くの企業が挫折したり形骸化させたりするのは、構造的なデメリットや現場の抵抗といった課題があるためです。
これらを直視せずに進めれば、失敗につながりやすくなります。
ここでは、多能工化推進の主な課題を整理します。
育成コストの「Jカーブ」と生産性の一時的低下
多能工化を進めるうえで最も注意すべきなのは、教育初期に必ず発生する「Jカーブ」、つまり生産性の一時的な落ち込みです。
これを正しく理解し、計画に織り込まなければ、多能工化は「今は忙しいから教育は後回し」という判断が繰り返され、結果として一向に進まない状態に陥ります。
この落ち込みが生じる理由は明確です。なぜなら新しいスキルを習得する段階では、作業手順の理解が不十分で、スピードも安定せず、ミスも起こりやすいため、ライン全体の効率が低下するからです。
これは日本の製造現場だけの問題ではなく、海外のデータからも裏付けられています。米国製造業の分析では、新技術導入の初期段階に全要素生産性が60ポイント以上低下するケースが確認されています。
また、適応期の混乱は仕掛品在庫の増加として現れ、短期的には数十億円規模の損失をもたらす可能性も示されています。
このように、技能習得に伴う生産性の初期低下は構造的に避けられない現象です。
ゆえに、多能工化を成功させるためには、この落ち込みを異常で例外的なイベントとしてではなく、将来の改善に向けた必要な投資と捉え、教育期間を前提にした計画づくりを行うことが欠かせません。
Jカーブへの深い理解こそが、多能工化を阻む最大の壁を取り除く鍵となるのです。
▼技能伝承の課題と解決策について詳しく知りたい方はこちら
技能伝承でのAI活用は?継承が進まない原因やAIを導入するメリット、活用事例を徹底解説!
参考記事:
属人化が残りやすい専門工程での対応力拡大の難しさ
「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉が示すように、多能工化には専門性が薄まるリスクが常につきまといます。
したがって、すべての人材を一律に多能工化するのではなく、工程の特性に応じて「幅広く対応できる人材」と「特定領域で深い専門性を発揮する人材」を組み合わせることが、現実的であり、組織の競争力を高める最適なアプローチだといえるでしょう。
その理由のひとつは、多能工化が万能ではないためです。特に高度な専門技能が求められる工程では、多能工による代替がきかないケースが存在します。
たとえば JFEスチールでは、高炉前で重要な判断を担う熟練工になるまでに約10年を要するとされ、短期間のローテーションでは習得できない“勘所”が最終的な品質を左右するといわれているのです。
実際の企業事例も専門性の重要性を裏付けています。自動車部品メーカーのデンソーでは、量産工程の徹底した標準化を進める一方で、競争力の源泉となる試作品づくりには高度な技能を持つ職人を配置しています。
また、先述の JFEスチールでも、工程のIT化が進むなか、最終品質の微調整には長年の経験に裏付けられた熟練の判断が欠かせません。
これらの事例が示すとおり、多能工化と専門性はどちらか一方を選ぶものではありません。工程ごとに必要となるスキルの「広さ」と「深さ」を見極め、最適なバランスを取ることが、組織の生産性と競争力を最大化する鍵となるのです。
参考記事:
- 労働調査研究の現在─2022~24年の業績を通じて|学界展望
- Effects of Horizontal Multiskilling of Tradesmen on Employee Performance
- Skill Formation in the Japanese Manufacturing Industry:
評価制度のブラックボックス化とモチベーション管理
多能工化を進めるうえで注意すべき点は、評価制度が不透明なまま業務範囲だけが広がると、従業員のモチベーションが大きく低下するということです。
役割が増えても評価が何も変わらなければ、「便利屋として扱われている」という不満が生まれやすく、離職リスクも高まります。
実際のデータからも、評価基準の曖昧さが従業員の意欲に影響していることがわかります。
転職希望者の20.9%が「会社が必要な能力をわかりやすく示していない」と感じており、正社員の19.4%は「自己啓発の成果が評価されない」と答えているのです。このような努力が正しく伝わらない環境では、成長意欲が続きにくく、多能工化の効果も発揮できません。
一方で、評価基準を具体的に数値化・可視化した企業では、成果が出ています。トヨタは標準作業の順守率を80%(シルバー)・100%(ゴールド)と明確に定義し、タイ工場ではこの仕組み導入により品質不良を5年間で94%削減しました。
こういった例が示すように、多能工化の成否は評価の見える化にかかっています。透明性が担保されて初めて、従業員の納得度と組織の生産性が両立します。
参考記事:
品質管理の難易度上昇と「広く浅く」のリスク
多能工化の注意点として、作業者の入れ替わりが多くなるほど品質のばらつきが生じやすくなる点があります。
多能工は幅広い工程を担当できる一方で、それぞれの作業経験が浅くなりやすく、熟練工が無意識に行っていた微調整や異常検知が弱まることがあります。その結果、工程の安定性が揺らぎ、品質トラブルの発生確率が高まるのです。
こうしたリスクは、労働力構成の変化によってさらに強まっています。
たとえばトヨタでは正社員に占める非正規比率が2004年度の11.1%から2022年度には16.3%へ増加し、長期育成された熟練工が相対的に減少しています。
こうした経験差の大きいメンバーが混在する現場では、誰が作業しても同じ品質を出せる仕組みづくりが欠かせず、標準作業や教育の重要性がこれまで以上に高まっている状況です。
標準化が品質安定に寄与することは、各社の改善事例からも明確に示されています。タイのエンジン工場では、作業手順の徹底と異常検知の仕組みを導入した結果、2015〜2020年に客先不良と機械故障がともに94%減少しました。
またエイベックスでは全従業員を対象にした標準化・教育活動が、5,000万円の経費削減と年間4億円の改善につながりました。
これらの流れは、多能工化を進めるほど「個人の熟練」ではなく「再現性ある仕組み」で品質を守る必要性が高まることを示しています。
▼目視検査の限界とAI活用について詳しく知りたい方はこちら
目視による外観検査の問題点と生成AIによる解決策を徹底解説
参考記事:
- 進化・変容するトヨタ生産方式の 新展開に関する調査研究
- Multiskilled labor force: a discussion of this missing link of lean construction
生成AIによるゲームチェンジ|育成プロセスの破壊的イノベーション
多能工化の課題である「育成コスト」「品質のばらつき」「属人化」に対し、生成AIは従来のITとは異なる打ち手を提供しています。
検索や定型処理に加えて、知識の生成・要約・変換まで行えるため、作業者の理解や判断を補い、現場の習熟負荷を直接下げられる点がその理由です。
生成AIがこうした能力を通じて多能工化のハードルをどこまで下げられるのかを、以下で簡潔に説明します。
▼生成AIのメリット・デメリットについて詳しく知りたい方はこちら
生成AIのメリット・デメリットを徹底解説!
参考記事:https://dxtimes.net/article/ai-manufacturing-industry
暗黙知の形式知化を促す生成AIの学習・言語化能力
製造現場で多能工化を進めるうえで、生成AIは暗黙知の形式知化を進める技術として、これまで以上に重要性を増しています。
従来は熟練者が持つ暗黙知に依存し、教育や指導が属人化しやすいことが大きな課題でした。しかし、生成AIの活用により、この壁を越えるための仕組み化が急速に進み始めています。
実際に、製造業では生成AI活用がすでに本格化しており、2023年時点で45%の企業がパイロット運用を実施しています。さらに、ITリーダーの83%が「自社データを生成AIに活用することで競争優位を得られる」と回答しており、データを活用した技能継承や教育の高度化が求められている状況です。
現場レベルでも成果が確認されています。
例えば、製紙大手のGeorgia-Pacificでは、生成AIチャットボットを導入し、熟練者の知識や過去のトラブル情報を即座に参照できる環境を構築した結果、トラブル原因の特定時間を「数時間から数分」へと大幅に短縮しました。
また、医薬品メーカーのMerckでは、生成AIで作成した欠陥のシンセティックデータをAI検査モデルに学習させることで、誤検知を50%以上削減する成果を上げています。
これらの事例は、生成AIが熟練者依存を軽減し、判断の標準化や教育プロセスの効率化を実現していることを示しています。
その結果、より多くの従業員が複数技能を短期間で習得できる環境が整い、多能工化を組織的に推進しやすくなっているのです。
参考記事:
- 博 士 論 文 技能者の有する属人的知識の形式知化に関する研究 -管理技術と AR・AI の活用
- 製造業の設計開発における 生成 AI 活用テーマ開拓のガイドライン
- The future of manufacturing with generative AI
- 現場作業の暗黙知を骨格による動作認識とAIで形式知化する手法の研究
知識の即時参照による教育コストの劇的削減
生成AIの活用によって、多能工化はこれまでとは比べものにならないスピードで進められるようになります。
理由は、作業者が事前に膨大な知識を覚えなくても、必要な瞬間にAIから最適な手順を受け取れるようになるためです。
これにより、「覚えてから作業する」のではなく、「作業しながら理解する」働き方が可能になり、経験の浅い人でも複数の工程に即座に対応できるようになります。
実証データでもこの変化は裏付けられています。2025年の研究では、生成AI・デジタルツイン・VRを組み合わせた産業向け指導システムで、22名の被験者が80%を超えるタスク精度を達成し、トレーニング時間も短縮されました。
さらに、大規模言語モデルによる理解度判定は86%の精度を示しており、作業者の状況に合わせてリアルタイムの指示を出せるため、複数工程を横断するスキルを早期に身につけやすくなります。
さらに、RAG技術を用いることで、現場固有の知識を即時に参照し、工程ごとに最適な手順を提示することが可能です。
これにより、専門知識を事前に深く学び込まなくても、現場で必要な判断をAIの助けを借りながら正確に行えるようになります。
結果として、多能工としての対応領域が自然に広がり、教育コストを抑えながら柔軟な人員配置を実現しやすくなるのです。
▼製造業におけるDXの全体像について詳しく知りたい方はこちら
製造業のDXとは?メリット・ロードマップ・事例を徹底解説
参考記事:
- Personalized Education with Generative AI and Digital Twins
- Just-In-Time AR-Based Learning in Advanced Manufacturing Context
多言語対応の学習環境で外国人材の即戦力化
日本では少子高齢化が進み、人材不足が深刻化しています。そのため、従来は日本人中心で進めてきた多能工化を、外国人材にも広げていくことが不可欠になっています。
しかし、言語の壁が作業理解を妨げ、教育や配置転換のスピードを遅らせてしまうことが多く、結果として活躍領域が広がりにくいという課題が続いてきました。
その打開策として今、注目を集めているのが生成AIです。
生成AIは、マニュアルや教育資料を母国語へ即座に翻訳できるだけでなく、難しい表現を「やさしい日本語」へ書き換えることも可能です。実際に職場でAIを活用する人の33.8%が翻訳に利用しており、多言語対応の教育環境が現実的に整い始めている状況です。
現場でも、AIチャットボットや音声通訳を使うことで、指示出しや質問対応をリアルタイムで行えるようになります。2024年の検証ではAIによる音声通訳がプロ通訳者から「パーフェクト」と評価されました。言語の誤解による作業ミスを減らす効果が期待されています。
さらに、AIはマニュアル更新や教材作成の自動化にも適しており、教育内容のばらつきを抑えるうえでも有効です。その結果、外国人材でも複数の工程を効率的に習得できる学習環境を整えやすくなります。
このように生成AIは、言語の壁を越えて外国人材の成長と定着を支え、多能工化を安定的に前進させるための基盤として機能し始めています。
参考記事:
コネクテッド・ワーカーによる作業者の能力拡張
多能工化は、誰もが高いレベルで作業できる状態をつくることを目指しています。
その実現を後押しするのが、AIと常時つながって働く「コネクテッド・ワーカー」です。
AIが判断や認知の一部を補い、人の能力を底上げすることで、経験に左右されない安定した作業品質が生まれます。この流れを支える根拠として、まずAIと人の協働技術の進展があります。
2024年の研究では、人間と双腕ロボットがハンドジェスチャーでリアルタイムに意思疎通し、複雑な作業を柔軟に分担できることが確認されました。これは、未経験者でもAIのサポートを受ければ熟練者に近い成果を出せる可能性を示しています。
実際の工場でもその効果は顕著です。SiemensやABB、GEのAIプラットフォームは、AirbusやBMWなどで設備の異常検知や予知保全を行い、作業者の判断負荷を低減しています。さらに、AI搭載ウェアラブルは手順提示や状態監視をリアルタイムで行い、作業のばらつきを減らしています。
こうした動きはすべて、AIが多能工化を強力に支える方向へ収束しており、人の能力を拡張する新しい働き方を後押ししていくでしょう。
参考記事:
生成AI活用事例|現場変革の具体的シナリオ
生成AIの活用は概念論にとどまらず、すでに先進的な製造現場で実装が始まっています。具体的なユースケースを通じて、その効果を検証します。
これらの事例は、多能工化を加速させるためのヒントに満ちています。
自動マニュアル生成と技能伝承の高速化
多能工化を進めるうえで、作業現場の映像をもとに生成AIが自動でマニュアル化する仕組みを導入することは非常に有効です。
このアプローチは熟練工の技能を短時間で共有可能な形式に変換し、複数工程を学びたい社員が自律的に習得できる環境を整えることで、多能工化のスピードと質を大きく高めます。
その理由は、生成AIが作業映像を客観的に分析し、工程ごとに整理された理解しやすいコンテンツへと再構成できるためです。
実際に、多くの製造現場では、スマートグラスなどで撮影した作業映像をもとに、AIが「部品を取り出す」「ネジを締める」といった単位で工程を切り分け、字幕付きの手順解説を自動生成する取り組みが進んでいます。
これにより、対面指導に依存していた教育プロセスを短時間で標準化でき、別の工程を学ぶ際にも効率的に知識を吸収できるようになるのです。
また、視覚的にわかりやすいデジタルマニュアルが作業効率に与える影響は、研究データによっても示されています。
2023年のタービンブレード修理の研究では、熟練作業者10名を対象に、紙のマニュアルとARを用いたデジタル指示書を比較したところ、作業完了時間が21%短縮され、精神的負荷も26%低下することが確認されました。
この結果は、AIが生成するような明確で視覚的な作業指示が、理解のしやすさとミス低減に寄与し、複数スキルの習得を後押しすることを示唆しています。
こうしたデータは、生成AIを活用したマニュアル化が多能工化の推進において、効率化以上の価値を持つ実践的な手段であることを裏付けています。
▼AIを活用した技能伝承について詳しく知りたい方はこちら
技能伝承でのAI活用は?継承が進まない原因やAIを導入するメリット、活用事例を徹底解説!
参考記事:
現場Q&Aボットによる自己解決率の向上
現場Q&Aボットの導入は、RAG技術を活用することで自己解決率を大きく高め、多能工化の推進にも寄与する手段として注目されています。
専門知識を持つ作業者に依存せずとも、誰でも必要な情報に即時アクセスできるため、現場全体のスキル底上げが可能になるためです。
製造業では、UNISAとEskomが支援した研究プロジェクトにおいて、異常診断の回答精度が90.9%、予測保全分析が100%と非常に高い精度を示し、1件あたり最大20分のダウンタイム短縮が確認されました。
こうした即時回答性は、多能工が複数設備を担当する際の負荷軽減にもつながります。
物流領域でも、AWS支援の実証で整備士の83%が診断時間を約30%短縮できたと回答し、画像や音声も扱えるマルチモーダルRAGは「5段階中4.3」の高評価を得ています。
自動車分野では、Dogus Technologyが開発したRAG型アシスタントにより、回答精度は74%から91%へ向上し、オペレーターの平均処理時間も約35%削減されました。
これらの成果は、Q&Aボットが単なる回答装置ではなく、作業者一人ひとりの判断力を補い、多能工育成を強力に後押しする基盤となることを示しています
参考記事:
- Multimodal Generative AI Chatbot for Root Cause Diagnosis in Predictive Maintenance
- An experimental hybrid customized AI and generative AI chatbot human machine interface
- A RAG-Based Automotive Sector AI Assistant for Enhanced Information Retrieval
品質検査のAI支援と判断業務の標準化
品質検査に生成AIを活用する最大の利点は、検査基準のばらつきを抑え、安定した判定を実現できることです。
人の体調や経験に左右されやすい目視検査に比べ、AIは常に同じ基準で画像を分析できるため、品質保証の再現性が高まります。
その理由の一つは、AIが微細な欠陥まで検出できる点です。
例えば、IHI技報で紹介された取り組みでは、深さ50μm程度と人の目では見逃しやすい「デント」や「スクラッチ」を対象に学習させ、実際の欠陥画像を使った検証で検出率89.6%、過検出率12.2%という高い性能を示しています。
また、不良品画像が不足しがちな現場では、拡散モデルを使い、わずか20枚の欠陥画像を追加するだけで多様な学習データを生成できた事例も報告されています。
さらに、3D-CG環境で模擬翼の欠陥を再現したり、良品画像に腐食形状を合成してデータを作るなど、現場の条件に応じた柔軟なデータ生成も可能です。
これらの技術により、経験の浅い作業者でも高精度な検査が行えるようになり、判断負担の軽減と多能工化の推進が同時に実現しつつあります。
▼AI外観検査の成功事例について詳しく知りたい方はこちら
AIによる外観検査|目視検査との違いや成功事例も解説
参考記事:外観検査AIの自動化
設計・保全業務における生成AIの副操縦士化
設計・保全業務では、生成AIが「副操縦士」として機能し始めており、これまで専門家に依存していた工程を大幅に効率化できる可能性があります。
特に、設計データの整理や故障知識の構築といった高度作業において、AIが人の作業を補完し、業務全体の生産性を底上げする効果が明確になりつつあります。
こうした変化が起きている理由の一つは、設計モデルの自動生成が実用レベルに到達してきたためです。実際に、設計文書からMBSEモデルを自動生成した事例では、従来の人手作成と比べて作業時間が10分の1以下に短縮されました。
また、設計要素の抽出精度も60〜90%と実務で活用できる水準にあり、若手設計者でもベテランに近い情報整理力を得られる環境が整いつつあります。
もう一つの理由は、保全業務に必要な専門知識の構築がAIによって加速しているためです。例えば、変電所機器のFMEA分析では、LLMが人手の約5倍の知識項目を抽出できました。
その結果、熟練者が担ってきた知識整理にかかる工数は3分の1に減る見込みであり、保全要員不足の解消にもつながります。
▼異常検知と機械学習の事例について詳しく知りたい方はこちら
異常検知とは?機械学習導入によるメリットや事例を解説
参考記事:
- 生成AIを支える技術 : 研究開発 : 日立評論
- Potential of Generative AI in Knowledge-Based Predictive Maintenance for Aircraft Engines
- State-of-the-Art Review: The Use of Digital Twins
まとめ|AI協働型組織が勝ち取る製造業の未来
本記事では、多能工化の考え方がAI時代にどのように変化しているかを整理しました。
従来は、人が時間をかけて多くのスキルを身につけることが前提でしたが、現在は生成AIを活用して業務遂行能力を素早く広げるアプローチが主流になりつつあります。
経営として重要なのは、人材育成を「学習量の拡大」ではなく「AIを活用した業務支援」と捉えることです。AIは人の役割を奪う存在ではなく、判断や作業を補完し、現場の負担を減らすツールとして機能します。
生成AIを取り入れた「コネクテッド・ワーカー」の仕組みは、人手不足が続く環境でも安定的に生産体制を維持するための有効な手段です。
デジタルと人材を組み合わせた現場づくりに踏み出すことで、企業は持続的な競争力を確保できるようになるでしょう。
エムニへの無料相談のご案内
エムニでは、製造業をはじめとする多様な業種に向けてAI導入の支援を行っており、企業様のニーズに合わせて無料相談を実施しています。
これまでに、住友電気工業、DENSO、東京ガス、太陽誘電、RESONAC、dynabook、エステー、大東建託など、さまざまな企業との取引実績があります。
AI導入の概要から具体的な導入事例、取引先の事例まで、疑問や不安をお持ちの方はぜひお気軽にご相談ください。

引用元:株式会社エムニ