自動車業界のスマートファクトリー化|メリットから事例まで細かく解説

デジタル技術とAIの進化により、製造業は大きな転換期を迎えています。

IoTセンサーやビッグデータ解析、AIによる自動制御を駆使した「スマートファクトリー」の実現は、もはやSF的な未来像ではなく、企業の競争力を左右する現実的な経営課題となりました。

しかし、10年以上前から実現に向けた準備を着々と進めている企業がある一方で、売上高一兆円以上の企業でもスマートファクトリーに取り組んでいる企業は2024年時点で4割に満たないようです。

このように一部の企業だけが新技術を導入し差が開いていく状況下では、一刻も早く導入を視野に入れた検討をすることが重要です。

本記事では、製造現場のデジタル革新がもたらす具体的なメリットから、導入のステップ、さらには成功事例まで、スマートファクトリー実現への実践的なロードマップを解説します。

スマートファクトリーとは

スマートファクトリーとは、生産に関わる一連のシステムがネットワークによって接続され、高い生産性を誇る工場のことです。

工場内でのデータの収集と活用に主軸を置き、IoT(モノのインターネット)、AI、ビッグデータ分析などの先進技術を活用することで生産状況や問題点を常に検出・把握し、生産プロセスを自動化・最適化しています。

DXと混同されることが多いですが、DXがデジタル技術を活用して企業全体の業務プロセス、文化、そしてビジネスモデルまでを根本的に変革することを目指すのに対し、スマートファクトリーは製造現場における生産設備やシステムをデジタル化し、生産性向上や品質安定化を図る「製造現場に特化した具体的な取り組み」であるという点で区別できます。

現在自動車業界においてもスマートファクトリーの需要が非常に高まっており、今後もその市場規模がさらに高まることが予測されます。

自動車産業におけるスマートファクトリーのメリット

スマートファクトリーが自動車産業にもたらす恩恵は多岐に渡ります。

付加価値の増大

スマートファクトリーの導入は、高度なデータ分析に基づく製品開発と高度なカスタマイズ生産を実現し、自動車産業における付加価値を大きく向上させます。

市場からのフィードバックデータ、実車の使用状況データ、SNSなどの消費者の声、販売データなどを統合的に分析することで、潜在的なニーズや改善点を早期に特定できるようになりました。これにより、従来の勘と経験に頼った製品開発を脱却し、顧客価値を最大化するデータドリブンな製品開発へと進化することが可能です。

先進的なAI技術の導入は、この変革を加速させる重要な鍵となります。ただし、社内でAI人材を育成するには多大な時間とコストがかかるため、豊富な実績を持つ外部パートナーとの協業が賢明な選択肢となるでしょう。

また、デジタルツインを活用したシミュレーションにより、顧客の期待を上回る性能と品質を実現する製品設計ができます。色や装備、内装材質など、様々なオプションの組み合わせに柔軟に対応することで、一人一人の顧客に最適化された製品を提供できるでしょう。

さらに、このようなカスタマイズ生産は、単なる製品仕様の変更にとどまらず、顧客一人一人の使用環境や好みに合わせた価値提案を可能にします。顧客の運転データや使用パターンを分析することで、その顧客のライフスタイルや使用目的に最適な車両仕様やオプション構成を提案することが可能です。

スマートファクトリーは、このように製品開発から販売に至るまでの価値創造プロセスを革新し、顧客により高い価値を提供することで、自動車産業の持続的な成長に貢献します。

生産性の向上

スマートファクトリーでは、AI技術を活用して製造設備の検査作業に費やすリソースの削減と検査精度の向上を同時に実現し、生産性を大幅に向上させることが可能です。具体的には製造設備に設置したIoTセンサーから振動、温度、騒音など様々なデータをリアルタイムで収集し、AIが過去の故障データと照合しながら異常を予測することで、最適なメンテナンスのタイミングを提案します。

従来は人手に頼っていた設備の定期点検や状態監視を自動化することで、人手では不可能だったセンサーによる常時監視ができるようになり、メンテナンスの回数を減らし、設備のダウンタイムを最小限に抑えることが実現しました。

また、収集したデータを分析することで中長期的な視点での生産性向上も期待できます。設備の使用状況や不具合の傾向を見える化して、より効率的な生産ラインの設計や運用方法の改善に役立てましょう。

品質の向上

自動車は人命に関わる製品であるため、高い品質と安全性が求められます。

スマートファクトリーではデジタルツイン技術(IoTセンサーなどの機器を使って現実世界にあるヒト・モノ・コトの情報を収集し、サイバー空間上に現実空間を再現する技術)を活用した製品のシミュレーションを行い、実際の製造データを元にサイバー空間上で製品の挙動や耐久性を確かめることが可能です。

実機を製造する前に自動車の衝突安全性能や走行時の振動、熱伝導などを仮想空間で検証し、設計段階での問題点を事前に発見・修正することで設計品質の向上と開発期間の短縮を同時に達成しています。

また製品の品質検査にAIを活用して自動化することで高精度かつ迅速な検査が可能になります。例えばAIを導入した製品の外観検査では、良品と不良品でそれぞれラベル付けした画像データをもとにAIが検査を行うため、検査員の疲労によるミスや人為的なバラつきがありません。

AIは一貫した基準で検査を行い、塗装面の微小な傷や歪み、溶接部の不具合など微細な欠陥や目視で見落とされがちな小さな不良も高精度に検出できます。

トレーサビリティの向上

生産過程で生成される製造に使用された原材料、設備、作業者などのデータを一元管理することで、製品のトレーサビリティが大幅に向上します。

具体的には各工程でQRコードや RFIDタグを活用し、使用された原材料のロット番号、製造設備の稼働状況、作業者の作業記録、品質検査結果などを統合的に管理することで部品レベルから完成車まで、製造履歴を詳細に追跡することが可能です。

このデータを活用することで品質問題が発生した際には、不具合が見つかった特定の部品がいつどこで製造され、同じロットの部品が他のどの製品に使われたのかを特定し迅速に対処することができます。

また、これらの品質データを蓄積し分析することで品質傾向の把握や将来的な品質問題の予測にも役立てることが可能です。例えば、特定の条件下で発生しやすい不具合パターンを事前に把握し、製造条件の最適化や検査基準の見直しなど、予防的な品質改善活動に活用できます。

コスト削減

スマートファクトリーでは、ロボットやAI技術を活用して生産ラインを自動化し、人件費の削減が可能です。

さらにAIを使ってIoTセンサーから得られるデータをリアルタイムに分析することで在庫の過剰や不足を防ぐことができ、結果として在庫管理にかかるコストを削減することに繋がります。

またスマートファクトリーは 各設備のエネルギー消費量をリアルタイムで監視し、異常な消費パターンを検出したり、AIを活用して、今後のエネルギー消費量を予測し、最適な稼働スケジュールを策定したりとエネルギーコストの削減にも貢献します。

製品開発、設計の高度化

スマートファクトリーの導入は、高度なデータ分析に基づく製品開発を実現し、自動車産業における付加価値を大きく向上させます。従来の製品開発と設計では経験と勘に頼る部分が多く、顧客の需要を見誤ったり、設計変更が何度も発生しその度新たな設計作業に時間がかかってしまったりするという問題がありました。

スマートファクトリーでは市場からのフィードバックデータ、実車の使用状況データ、SNSなどの消費者の声、販売データなどを統合的に分析することで、潜在的なニーズや改善点を早期に特定し、顧客価値を最大化するデータドリブンな製品開発を実現することができます。

また過去の設計データをデータベース化することで、成功事例や失敗事例を効率的に参照することが可能です。その結果として設計の変更回数を減らし、設計にかかる時間自体も短くなり設計期間の大幅な短縮に繋がります。

高度なカスタマイズ生産の実現

スマートファクトリーでは顧客ごとのニーズに合わせて、色や装備、内装材質など様々なオプションの組み合わせに柔軟に対応した製品を生産することができます

具体的には製品ごとに異なる塗装や部品の取り付けを柔軟に切り替えるなど生産ラインの工程を、製品の仕様や生産量に応じてリアルタイムに調整したり、IoTセンサーを活用して部品の在庫や位置をリアルタイムで把握することで、必要な部品を必要な時に必要な場所に供給したりすることが可能です。

このような生産ラインの効率化を通じて多品種少量生産に対応することができます。

また品質管理の強化でも触れたデジタルツイン技術を活用し、顧客からのフィードバックをもらいながら製品の完成像の詳細なシミュレーションを行うことで、顧客の要望通りに最適化された製品を生産できます。このような価値創造の革新は、製品の差別化による競争優位性の確保と、顧客満足度の向上による付加価値の増大をもたらします。

技能伝承

スマートファクトリーを導入することで、熟練工の確かな技術を最新技術が搭載されたロボットに技能伝承することができます。

従来の自動車業界では熟練工による技能伝承が盛んに行われ、溶接の美しさ、部品の微妙な調整、品質管理における勘といった、数値化しにくい高度な技能が引き継がれてきました。

しかしながら現在は確かな技術を持った熟練工の数が減少し、少子高齢化により若い世代の労働力も不足しているために多くの企業で技能伝承が困難になっています。

そこで現状残っている熟練工が現役であるうちに、彼らの持つ技能をデータ化して保存し、技能を再現できるロボットを導入することが非常に重要です。

自動車産業におけるスマートファクトリーの実例

自動車産業におけるスマートファクトリーの実例として、以下の企業が挙げられます。

日産自動車栃木工場

日産自動車では、新たに独自のクルマづくりコンセプトとして「ニッサンインテリジェントファクトリー」を打ち出し、製造現場のDXを推進しています。

代表的な例として組み付け作業、塗装品質の外観検査の自動化があげられます。

組み付け作業については、組み付け位置をリアルタイムに計測し0.2mmの精度で補正することで、高度な匠の技が必要になるクルマのドアの組み付け作業を完全自動化しました。塗装品質の外観検査に関しては、ロボットが1台当たり累計約6000カ所の検査ポイントを点検することで完全自動化を実現しています。

また工場内には、267台の360度カメラが設置されており、集中管理室から常時設備の情報を監視することが可能です。さらに完成検査についてもIoT(モノのインターネット)を活用することで、検査結果を全てデジタルデータとして自動で記録しています。

参考記事:Nissan unveils Nissan Intelligent Factory

株式会社ダイセル

株式会社ダイセルは大手化学品メーカーでシートベルトやタイヤなど様々な自動車部品の製造に関わっています。早くからダイセル式生産革新という独自の施策を打ち出してきたダイセルでは「知的統合生産システム」を中枢とする統合生産センター(Integrated Production Center:IPC)の稼働を経て、工場全体を最適化するモノづくりを実現しました。

具体的な成果としては、「知的統合生産システム」の構築によってボードオペレータ1人当たりの監視可能範囲の拡大(3倍)し、意思決定支援によるオペレーションレベルの高度化を実現し、人の業務効率・生産性を向上させています。また業務におけるムダ・ロスを抽出して徹底的に排除し、定常運転時のプラントの現場作業件数を90%削減しました。

さらにこれまでのノウハウを顕在化してオペレーションを体系的に整理することで、プラント運転時に要する800万件もの意思決定フローを誰もが使えるように標準化し、経験と勘に頼らない脱属人化にも成功しています。

参考記事:ダイセル式生産革新TOP|株式会社ダイセル

テスラのギガファクトリー

電気自動車メーカーであるテスラ社では、上海、ネバダ、ベルリンに大規模工場を持ち、その他の地域でも同様の工場を増設中です。これらの工場は「ギガファクトリー」と呼ばれ、高度な技術が活用されたスマートファクトリーとして知られています。

ギガファクトリーでは、最新の自動化技術とデジタル化を駆使して、生産効率を最大化しています。ギガファクトリー上海では40秒に一台のペースで車両を生産することに成功しています。

また工場全体で太陽光発電などの再生可能エネルギーの活用を推進しており、環境負荷を最小限に抑える取り組みが行われています。実際にギガファクトリー ベルリンの、2023年の電力は100%再生可能エネルギーで賄われました。

参考記事:インパクト | Tesla

BMWのインダストリー4.0戦略

BMWはインダストリー4.0戦略を通じて、生産プロセスのデジタル化と自動化を推進しています。これにより、生産ラインの柔軟性と効率性が向上しています。

BMWは年間 250 万台を生産しており、その 99% がカスタム製造です。データが生成される場所でデータを分析するエッジコンピューティングやIoT、現実世界のモノから収集したデータをサイバー空間上にコピーして再現するデジタルツインなど様々な技術を活用し、効率よくカスタム製造を行っています。

参考記事:BMW Group Plant Steyr wins INDUSTRIE 4.0 AWARD 

スマートファクトリー導入に関わる問題

スマートファクトリー導入は企業の生産性に寄与する反面、いくつかのクリアすべき問題が存在します。

多額のコスト

スマートファクトリーの実現には多額の設備投資が必要です。AIやIoT技術を取り入れた機器や設備、データ蓄積のためのサーバーやクラウドなどにかかるコストが大きく、また既存設備の改修や置き換えも伴うため、特に中小企業にとっては大きな負担となります。

さらに初期投資ほどではありませんが、システム維持費やソフトウェアライセンス費、人件費といった運用コストが継続的に発生します。また技術の進歩が非常に早いため、定期的なシステムの更新が必要な場合が多く、導入後も最新技術への投資が必要となります。

セキュリティの不安

スマートファクトリーはネットワークに接続されているため、サイバー攻撃のリスクが高まります。ハッキングによるデータ漏洩やシステム停止、身代金要求型攻撃(ランサムウェア)を防ぐために、強固なセキュリティ対策が必要です。

従業員の誤操作による機密情報の外部への送信やサプライヤーのセキュリティ対策が不十分な場合、サプライヤー側から侵入されるリスクもあるため多方面に注意し最大限の対策をしましょう。

人材不足

IoTやAIなどの高度な技術を扱える人材が不足しています。スマートファクトリーの実現には、システム設計やデータ分析、AIモデルの構築など様々な技術が必要です。これらの技術を効果的に活用するためには、多方面の専門的な知識を持った人材が必要ですが、育成には時間とコストがかかります。

また 高度なスキルを持つ人材は、転職しやすい傾向があり、安定した人材の確保が難しくなっていることも一つの問題としてあげられます。

効果の見積もりの曖昧さ

スマートファクトリーの導入について生産性向上、品質向上などの効果を数値化することが難しいケースがあります。

短期的な効果は測りやすいですが、長期的な効果は予測が難しく、投資対効果の評価が困難です。また予期せぬシステム障害や通信障害が発生し、追加投資が必要になることもあります。これらの要因が導入の妨げになっていることは大きな問題です。

スマートファクトリーの導入に当たって取り組むべきこと

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)経済産業省(METI) 製造産業局はスマートファクトリーを円滑に進めるための資料として、「スマートマニュファクチャリング 構築ガイドライン」を公開しています。こちらの資料も参考にしつつ順々に導入の準備を進めていきましょう。

まずは現状分析を丁寧に行うことが重要です。現在の生産システムの課題、強みを洗い出すために生産性、品質、コスト、納期、人材、設備など多角的に分析をしましょう。

ボトルネックとなる工程や改善の余地がある部分が見つかったら、生産サイクルタイムの短縮や製品不良率の低減、メンテナンスコスト削減などのスマートファクトリー化によって達成したい具体的な目標を設定します。目標は数値化し、定量的に評価できるように設定しましょう。

目標設定の次は設定した目標に合わせて導入する技術を慎重に選定します。スマートファクトリーの実現に向けて、IoT、AI、ロボット、センサーなど様々な技術があるため自社の課題と目標に合った技術を選択しましょう。

実際に導入する際は、全てを一斉に導入するのではなく、段階的に導入を進めていくことが重要です。

令和6年度の「スマートマニュファクチャリング 構築ガイドライン」では各社で選定した変革課題について、現状の到達レベルと目指す実現レベルの設定を容易にすべく、変革課題ごとに以下の 5 つのレベル区分で実現イメージを設定しています。

引用:スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン | NEDO 

このレベル分けを活用するにあたって重点とすべき変革課題が同じであったとしても、現状の到達点や目指すべき実現レベルは製造事業者によって大きく異なるということに注意が必要です。

まずは小規模なパイロットプロジェクトでレベル1のデータの収集・蓄積をすることから始めて、効果を検証し成功事例を積み重ねながら、大規模な導入へとつなげましょう。

また先述したように導入に当たってセキュリティ問題の対策は必須です。

まず、ファイアウォールやVPNを用いてネットワークを外部から隔離し、不正なアクセスを防止することが重要です。ユーザー認証や権限管理を厳格化し、特に重要なシステムには多要素認証を導入することで、内部からの不正アクセスも防ぐことができます。

またリアルタイムのセキュリティ監視システムを導入し、異常な活動やサイバー攻撃の兆候を早期に検知することも重要です。インシデントが発生した場合に迅速に対応できる体制を事前に構築することで有事にも備えましょう。そしてデータのバックアップと復元計画を策定しておくことで、万が一のデータ損失にも備えることができます。

さらにセキュリティ意識向上のために、従業員への定期的なトレーニングや教育プログラムを行うことも重要です。これにより、人為的ミスによるセキュリティインシデントの発生を抑制することができます。

まとめ:スマートファクトリーが変革する自動車産業の未来

スマートファクトリーの導入は、自動車産業に大きな変革をもたらし、新たな可能性を開いています。IoT、AI、デジタルツインなどの先端技術を活用することで、生産性は飛躍的に向上し、高品質な製品を効率的に製造できるようになりました。また、リアルタイムなデータ分析に基づいた意思決定が可能となり、市場の変化に迅速に対応できるようになりつつあります。

特に、大幅な生産性向上を実現し競争優位性を獲得するには、AI技術の導入が不可欠です。AI技術により、予知保全、品質管理、需要予測など、様々な業務プロセスを最適化することができます。ただし、AI技術の導入には専門的な知識とノウハウが必要なため、導入を自社内で完結させる場合は苦戦するケースも少なくありません。

競合との差別化を図るためにスムーズかつ高品質なAI導入を実現したい場合は、経験豊富な外部のAIベンダーに委託することをお勧めします。エムニでは、AI導入をご検討の企業様向けに、経験豊富なAIエンジニアによる無料相談を実施しておりますので、お気軽にご相談ください。

スマートファクトリーは、サプライチェーン全体の最適化、環境負荷の低減、人材の働き方改革など、幅広い場面で活躍し、その活躍の場は現在も広がり続けている途中です。自動車産業は、スマートファクトリーを核とした新たな価値創造に挑戦し、より持続可能で競争力のある産業へと進化していくでしょう。