語学力と専門的な技術知識を要し、時間がかかる特許翻訳。その常識は、近年AIの台頭によって覆ろうとしています。AIを活用した特許翻訳の優れた点は、高精度な機械翻訳、膨大なデータ処理能力、そして人間にはできないような高度な分析を可能にする点です。
本記事では、AIがどのように特許翻訳の分野を変革しているのか、その現状と今後の展望について事例付きで紹介します。
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特許翻訳の重要性
特許翻訳は、海外での特許取得や権利保護に不可欠です。日本で取得した特許の効力は、日本国内にしか及びません。海外市場への進出を見据える企業は自社の技術を保護し、権利を主張するために特許取得が有効です。
また自社の権利の保護に限らず、他社の特許を侵害しないために外国公報の調査が必要になることもあります。さらに特許文書は、最新の技術トレンドを把握する上でも貴重な情報源です。外国の特許文書の内容を把握しておくことで競合の国内企業に差を付けられるかもしれません。
このように知財戦略の鍵を握る外国特許とその翻訳ですが、翻訳の誤りは権利を喪失したり、訴訟されたりと大きな損失に繋がる可能性があるため、精度の高い翻訳が求められます。
外国に特許出願する際に翻訳が必要になる書類
特許出願の際に必要となる書類は特許請求の範囲、特許明細書、要約書、図面などいくつかありますが、以下では3つの主要な書類について簡単に説明します。
特許明細書
特許明細書は発明の内容を詳しく説明し、出願時に提出する書類です。発明の構成や作用、効果を、他の技術者が理解して実施できる程度に記載しており、他の書類に比べて文量が長く、また専門用語を多く含みます。特許権を外国で取得する際には、基本的に出願先の国の言語で記述された書類の提出が求められるため翻訳が必要です。
拒絶理由通知書
拒絶理由通知書とは特許出願をした発明が、特許として認められるだけの新規性や進歩性がないと判断された場合に特許庁から送られてくる通知書です。 具体的には、すでに同じような発明がある、または簡単な工夫で誰でも思いつけるような発明だと判断された場合などに、この通知書が届きます。特許の審査は非常に厳しく、一度も拒絶されることなく認められることは多くありません。海外出願の場合は、その国の言語で書かれた通知書が送られてくるため、内容を正確に把握するために翻訳が必要です。
拒絶理由通知書に対する意見書や補正書
意見書とは拒絶理由通知書を受け取った場合に、発明が特許に値することを主張し、異議を申し立てるための書類です。この書類ではまず拒絶された理由を簡単に記述し、特許庁の判断が誤っているという根拠を提示します。また補正書は拒絶理由通知書を受け取った場合に、特許請求の範囲の書類の範囲を狭めたり、特許明細書に図面を追加して独創性を明確にしたりと修正を加えるための書類です。
特許翻訳者に求められるスキル
特許翻訳者は、特許関連文書を正確かつ適切に翻訳する専門家であり、その役割を果たすためには高度なスキルと専門知識が求められます。
高度な語学力
特許文書は専門用語や複雑な文構造で構成されており、微妙なニュアンスの違いが権利の解釈を大きく左右します。また複数の書類を扱うため、双方向の翻訳が必要です。例えば、日本企業が米国に特許出願する場合には、まずたくさんの米国の特許文書を和訳し調査した上で、特許明細書等に記述する内容を決め、今度は日本語で記述した出願書類を英訳して提出します。したがって特許翻訳者には母国語に加え、翻訳先の言語についてもネイティブレベルの語学力が求められるのです。さらに文法や語彙だけでなく、翻訳理論に基づいた翻訳技術を身につけていることが望ましいでしょう。
専門知識
特許翻訳は、高度な専門知識を必要とする業務です。翻訳先の国の特許法の知識は、特許に関する権利や義務を正確に把握し、法的に整合性のある翻訳を行う上で欠かせません。特許法は国によって大きく異なる場合があるため注意が必要です。また、電気、機械、化学など、特許の対象となる技術分野に関する専門知識も必要となります。これらの知識を全て身につけておくことは困難ですが、必要に応じて学習するための高い調査力を持つことが重要です。以上のように特許翻訳者には、これらの専門知識を総合的に活用し、原文の意味を正確かつ法的に整合性のある表現に置き換える能力が求められます。
特許翻訳の課題
以下では特許翻訳業務に関する主な課題を3つ紹介します。
翻訳精度の担保
近年は技術が高度化し、グローバル化が加速し続けています。技術の高度化とグローバル化は特許翻訳精度の担保を難しくする大きな要因です。技術の高度化は特許文書を複雑化させます。特に近年の情報分野の進化は目まぐるしく、それぞれの文書に数式や図が多く含まれ、新しい専門用語が使用されることもあるため各技術の要点を理解し正解な翻訳を行うことは年々難しくなっています。
またグローバル化の進展によって各国で特許を取得する必要が高まり、多言語化が求められています。話者が多い言語であれば熟達した特許翻訳者も多く円滑な翻訳が期待できますが、話者の少ない言語の場合は特許翻訳に精通した人材が少ないことが問題です。
機械翻訳を活用するという選択肢もありますが、話者の少ない言語では翻訳マシンに学習させるためのデータがそもそも少なく、精度の高いマシンを作ることが困難となります。
人材不足と高コスト
人材不足とコストの高さも特許翻訳の主要な課題です。先述したように特許翻訳には、対象となる技術分野の深い理解と法的知識が求められるため、高度なスキルを持つ翻訳者が必要となります。しかし、このような専門家は数が限られており、特に話者が少ない言語やニッチな技術分野では供給が不足しています。
また特許翻訳のコストは、正確性を確保するために専門家を必要とすることや、大量の文書を翻訳する必要があることから高額になりがちです。外国公報一件あたりの調査に10万円ほど、また調査を別として任意の国に個別出願を依頼すると100万円以上の費用がかかると言われています。このため、多国籍企業にとっては特許申請のコストが大きな負担となり、中小企業や新興企業にはさらに厳しい障壁となっています。
機密保持
外国での出願のために特許翻訳を依頼する場合は機密保持が重要な課題です。特許出願前の技術情報や未公開のアイデアを翻訳のために外部に共有する必要があるため、情報漏洩のリスクが伴います。特に、競争の激しい分野や高額な価値を持つ技術では、このリスクが大きいです。
また、多言語対応の翻訳プロセスでは、多くの関係者が関与するため、情報管理が複雑化します。翻訳者が専門性を持ちながらも機密保持契約を遵守することが不可欠であり、不注意や悪意による漏洩を防ぐための厳格な監督が必要です。
さらに、機械翻訳を活用する場合、インターネットを介した翻訳データの送信がリスク要因となることがあります。クラウドサービス上のAIに入力する場合、入力したデータがどこでどのように使用されるかわからないため安易に利用することは避けましょう。
生成AIによる特許翻訳のメリット
生成AIを活用した特許翻訳は、従来の人力翻訳や従来型の機械翻訳と比較して、効率性やコスト削減、精度向上など多くの利点を提供します。
翻訳時間の短縮
生成AIを用いた特許翻訳によって翻訳時間の短縮が実現したことは大きなメリットです。従来の人手による翻訳では専門的な特許文書の理解や用語選定に多くの時間がかかっていましたが、膨大なデータでトレーニングされた生成AIにより高精度かつ高速な翻訳が可能になりました。この背景には、Transformerアーキテクチャの導入により、長い文書や複雑な構造の文章でも正確に処理できるようになったことがあります。高速な翻訳は出願期間の短縮やトレンドの早期把握につながる重要なポイントです。
コスト削減
コスト削減も生成AIを活用する大きなメリットです。従来の特許翻訳では、専門性の高い翻訳者に依頼する必要があり、人件費が高額になることが一般的でした。しかし、生成AIは一度モデルをトレーニングすれば、人手を大幅に減らして翻訳作業を行えるため、長期的に大幅なコスト削減が可能です。安価に高精度な翻訳が実現したことで、今までコストを理由に外国特許の取得を見送っていた企業も出願できるようになるかもしれません。
翻訳精度の向上
翻訳精度の向上は特許申請が拒絶されにくくなったり、外国特許の調査が円滑に進んだりと特許業務の質を総合的に向上させる重要なメリットです。生成AIの活用により、従来の機械翻訳に比べて翻訳精度は飛躍的に向上しました。AIは人間が一生かけても読み込むことのできないほどの膨大なデータを学習しており、専門的な技術用語や特許特有の文体を適切に理解し、正確かつ一貫性のある翻訳を提供できます。
多言語の文章に応用可能
生成AIは転移学習と自己教師あり学習により少量のデータで精度の高い翻訳モデルを作ることができます。例えば英語の特許文書とその日本語訳の文書のデータを大量に学習させた翻訳モデルを、英語から中国語への翻訳に転用することで、仮に中国語のデータが少なくとも比較的高性能な翻訳モデルを作ることが可能です。
また自己教師あり学習を通して、翻訳済みのデータがなくとも、大量の未翻訳データから文脈や語彙を学習できるため、データ収集の手間を大幅に削減できます。これらの技術は、グローバルなビジネスにおいて、多言語の文書を迅速かつ正確に翻訳する必要性が高まる中、非常に有用です。
特許翻訳の流れ
特許翻訳の流れは、以下のようなステップで構成されています。
原文の事前確認
翻訳精度を高めるために翻訳前に事前編集を行うことが非常に重要です。特に、機械翻訳を活用する場合はこの工程を忘れやすいので注意しましょう。一文を短く区切ったり省略を避けたりすることで、人間にとっても機械にとっても簡潔で誤解のない文章となり、翻訳精度向上に繋がります。また主語、述語、目的語の順序などにも気を配りましょう。事前編集を怠らず、機械翻訳の強み弱みに合わせて適切に文を整理することで、正確かつ信頼性の高い翻訳を実現できます。
翻訳
事前編集が済んだら翻訳に移ります。自社で人力で翻訳をする場合は実務用語に特化した和英辞典などのサービスを活用し、効率的かつ高精度な翻訳を目指しましょう。外注する場合は特許事務所に出願手続きを全て依頼したり、他社の生成AIを活用したりと様々な手段があります。調査する特許文書の量や翻訳先の言語によって最適な方法も異なるため複数の手段を比較検討し、コストや翻訳に要する期間なども踏まえて総合的に判断しましょう。
品質管理と最終チェック
機械翻訳を活用した場合、人間が結果を確認、修正する工程が重要となります。生成AIの翻訳精度は年々高くなっていますが、完全に信用することは危険です。特に特許出願書類の場合は、些細な翻訳のミスでも、特許請求の範囲が間違って伝わり申請を拒絶されてしまうといったことが起こりかねません。
機械翻訳は文脈を十分に理解できず、意味が通らない翻訳や読みにくい表現を含む場合があります。
また文法や語順の誤りも発生しやすいです。これらを修正することで、文章全体が自然で読みやすいものになります。文章全体の流れに加えて重要な専門用語が正しく、同一の表現で翻訳できているかにも注意しましょう。
エムニの事例|外国公報を含む特許調査業務の効率化
最後にエムニが開発した特許翻訳モデルの紹介をさせていただきます。
エムニでは特許翻訳に特化したLLMをオンプレミス環境で独自開発しました。この事例の注目すべきポイントは大きく分けて3つあります。
1つ目はOpenAIが開発した汎用モデルのGPT-4oや、Google翻訳を超える翻訳精度を達成している点です。オープンソースの生成AIモデルをベースに独自にカスタマイズとファインチューニングを何度も重ねることで汎用モデルを上回る精度を実現しました。
2つ目はオンプレミス環境で開発可能な点です。先述したように機密情報をAIに入力する際は、必ずと言っていいほどセキュリティ対策が主要な課題として挙がります。しかし本事例では完全に隔離された環境でAIを使用できるため、外部からの不正アクセスによって情報が流出する心配がありません。
3つ目は圧倒的なコスト削減が可能な点です。外国の特許文書の調査を依頼するとなると多くの場合、外国公報一件当たり10万円ほどの費用がかかりますが、エムニの開発したモデルを使用すると、一件当たり数十円まで抑えることができます。
まとめ:AI翻訳家と協働して特許調査を楽々に
膨大な特許文献を人間が翻訳することは、反復作業が多く時間と労力がかかりすぎます。そこで登場したのがAI翻訳です。大規模なデータセットを学習した生成AIは、専門用語や複雑な文構造を理解し、高速かつ高精度に翻訳します。生成AIの登場により、特許調査の効率は飛躍的に向上し、多言語に対応した翻訳を高速で行ったり、新たな技術トレンドをいち早くキャッチアップしたりできるようになりました。AI翻訳は、単なる翻訳ツールではなく、特許調査をサポートする強力なパートナーと言えるでしょう。
本記事では特許翻訳の概要と生成AIを活用するメリットをエムニの開発事例付きで紹介しました。AIに関してはご要望に応じて柔軟にカスタマイズ可能ですし、期間限定で無料相談、無料デモの開発を受け付けておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。ご相談いただく際は、以下のフォームからお申し込みいただけます。